拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~

拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~

C'est 《あしながおじさん(ジーン・ウェブスター)》 fanfiction

last updateDernière mise à jour : 2025-09-24
Par:  日暮ミミ♪Complété
Langue: Japanese
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「お元気ですか? わたしは今日も元気です――。」 山梨の養護施設で育ち、高校進学を控えた相川愛美は、施設に援助してくれているある資産家の支援を受けて横浜にある全寮制の名門女子校へ進学。〝あしながおじさん〟と名付けたその人へ、毎月手紙を出すことに。 しばらくして、愛美は同級生の叔父・純也に初めての恋をするけれど、あるキッカケから彼こそが〝あしながおじさん〟の招待であることに気づいてしまい……。 (原作:ジーン・ウェブスター『あしながおじさん』)

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Chapitre 1

ゆううつな水曜日…… page1

「――はあ……」

 ここは山梨(やまなし)県のとある地方都市。

 秋も深まったある日、一人セーラー服姿の女子中学生が、学校帰りに盛大なため息をつきながら田んぼの(あぜ)道をトボトボと歩いていた。

 それは決して、テストの成績が悪かったから……ではない。彼女の成績は、学年ではトップクラスでいいのだから。

 彼女の悩みはもっと深刻なのだ。進路決定を控えた中学三年生にとって、進学するか就職するかは一大事である。

 彼女は県外の高校への進学を望んでいるけれど、それが難しいことも分かっている。

 なぜなら、彼女は幼い頃から施設で暮らしているから。

 彼女――相川(あいかわ)(まな)()は、(もの)(ごころ)つく前から児童養護施設・〈わかば園〉で育ってきた。両親の顔は知らないけれど、(さと)()園長先生からはすでに亡くなっていると聞かされた。

 〈わかば園〉は国からの援助や寄付金で運営されているため、経営状態は決していいとはいえない。そのため、この施設には高校卒業までいられるけれど、進学先は県内の公立高校に限定されてしまう。県外の高校や、まして私立高校の進学費用なんて出してもらえるわけがないのだ。

 進学するとなると、卒業までに里親を見つけてもらうか、後見人になってくれる人が現れるのを待つしかない。

「進学したいなあ……」

 愛美はまた一つため息をつく。希望どおりの高校に進学することが普通じゃないなんて――。

 学校の同級生はみんな、当たり前のように「どこの高校に行く?」という話をしているのに。

(どうしてわたしには、お父さんとお母さんがいないんだろう?)

 実の両親は亡くなっているので仕方ないとしても、義理の両親とか。誰か引き取ってくれる親戚とかでもいてくれたら……。

「――はあ……。帰ろう」

 悩んでいても仕方ない。施設では優しい園長先生や先生たちや、〝弟妹(きょうだい)たち〟が待っているのだ。

「ただいまぁ……」 

 〈わかば園〉の門をくぐると、愛美は庭で遊んでいた弟妹たちに声をかけた。

 そこにいるのはほとんどが小学生以下の子供たちだけれど、そこに中学一年生の()(たに)(りょう)(すけ)も交じってサッカーをやっている。

「あ、愛美姉ちゃん! お帰りー」

「……ただいま。ねえリョウちゃん、先生たちは?」

「先生たちは、園長先生の手伝いしてるよ。今日、理事会やってっから」

「そっか。今日、理事会の日だったね。ありがと」

 この施設では毎月の第一水曜日、この〈わかば園〉に寄付をしてくれている理事たちの会合があるのだ。

 ここで暮らす子供の中では最年長の愛美は、毎月自主的に園長や他の先生たちの手伝いをしている。――〝手伝い〟といっても、お茶を()れたりするくらいのもので、理事たちの前に出ることはめったにないのだけれど。

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ゆううつな水曜日…… page1
「――はあ……」 ここは山梨(やまなし)県のとある地方都市。 秋も深まったある日、一人セーラー服姿の女子中学生が、学校帰りに盛大なため息をつきながら田んぼの畦(あぜ)道をトボトボと歩いていた。 それは決して、テストの成績が悪かったから……ではない。彼女の成績は、学年ではトップクラスでいいのだから。 彼女の悩みはもっと深刻なのだ。進路決定を控えた中学三年生にとって、進学するか就職するかは一大事である。 彼女は県外の高校への進学を望んでいるけれど、それが難しいことも分かっている。 なぜなら、彼女は幼い頃から施設で暮らしているから。 彼女――相川(あいかわ)愛(まな)美(み)は、物(もの)心(ごころ)つく前から児童養護施設・〈わかば園〉で育ってきた。両親の顔は知らないけれど、聡(さと)美(み)園長先生からはすでに亡くなっていると聞かされた。  〈わかば園〉は国からの援助や寄付金で運営されているため、経営状態は決していいとはいえない。そのため、この施設には高校卒業までいられるけれど、進学先は県内の公立高校に限定されてしまう。県外の高校や、まして私立高校の進学費用なんて出してもらえるわけがないのだ。 進学するとなると、卒業までに里親を見つけてもらうか、後見人になってくれる人が現れるのを待つしかない。「進学したいなあ……」 愛美はまた一つため息をつく。希望どおりの高校に進学することが普通じゃないなんて――。 学校の同級生はみんな、当たり前のように「どこの高校に行く?」という話をしているのに。(どうしてわたしには、お父さんとお母さんがいないんだろう?) 実の両親は亡くなっているので仕方ないとしても、義理の両親とか。誰か引き取ってくれる親戚とかでもいてくれたら……。「――はあ……。帰ろう」 悩んでいても仕方ない。施設では優しい園長先生や先生たちや、〝弟妹(きょうだい)たち〟が待っているのだ。「ただいまぁ……」  〈わかば園〉の門をくぐると、愛美は庭で遊んでいた弟妹たちに声をかけた。 そこにいるのはほとんどが小学生以下の子供たちだけれど、そこに中学一年生の小(こ)谷(たに)涼(りょう)介(すけ)も交じってサッカーをやっている。「あ、愛美姉ちゃん! お帰りー」「……ただいま。ねえリョウちゃん、先生たちは?」「先生たちは、園長先生の手伝いし
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ゆううつな水曜日…… page2
「――さて、わたしも着替えて手伝おう」 玄関で靴を脱ぎ、散らかっている子供たちの靴と一緒に自分の靴も整頓してから、愛美は階段を上がって二階の六号室に向かった。 ここは彼女の一人部屋ではなく、他に五人の幼い弟妹たちも一緒に暮らしている部屋。 幸(さいわ)い、この部屋のおチビちゃんたちは食堂でおやつの時間らしく、部屋には誰もいなかった。(今日は進路のこと話すヒマなさそうだな……。園長先生、忙しそうだし) そんなことを思いながら制服から、お気に入りのブルーのギンガムチェックのブラウスとデニムスカート・白いニットに着替えた愛美は、一階に下りておチビちゃんたちがおやつ中の食堂を横切り、台所に入る。「先生たち、ただいま! わたしもお手伝いします!」「あら、愛美ちゃん。おかえりなさい。いつも悪いわねえ。――じゃあ、理事会の人たちにお出しするお茶、淹れてもらえる?」「はーい」 施設の麻子(まこ)先生にお願いされ、愛美はテキパキと動き始めた。 急須にお茶っ葉(ぱ)を量って入れて、その上からお湯を注ぐ。しばらくすると、いい香りのする美味しい緑茶ができ上がった。「今日は何人の方が来られてるんですか?」 「えーっと……、確か九人だったかな。だから、園長先生の分も合わせて十人分ね」「分かりました」 ということだったので、上等な湯飲みを十人分食器棚から出してお盆に載(の)せ、急須から出でき立ての緑茶を淹れていく。「できました! わたし、運んできます!」「いいから、愛美ちゃん! ありがとう。あとは私(わたし)たちでやるから、部屋で休んでていいわよ。晩ごはんの時間になったら呼ぶから」「……はーい」 愛美はしぶしぶ頷(うなず)いた。本当は「お茶を運ぶ」という口実(こうじつ)で、理事たちの顔を確かめたかったのだけれど……。 毎月こうなのだ。愛美が「お茶を運ぶ」と言うたびに、先生たちに止められる。そのため、愛美はこの施設の理事がどんな人たちなのか、全然知らないのである。 ――ただ一つ、ハッキリしていることがある。(……まあ、お金持ちなんだろうな。こういう施設に寄付できるくらいなんだから) 愛美はそういうお金持ちとか、セレブとかいわれている人たちの生活を知らない。学校の友達にもいないし、どれだけ想像力を働かせても思い浮かばない。 彼女は幼い頃から、本を読むの
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ゆううつな水曜日…… page3
「いいなあ……。わたしも乗ってみたいな」 愛美はちょっと憧(あこが)れを込めた眼差しでその光景を眺め、机に頬杖(ほおづえ)をつきながら想像してみた。――ピカピカに磨かれた高級リムジンに乗り込む自分の姿を。  高級ブランドスーツに身を包み、後部座席にゆったりもたれてお抱え運転手に「家までお願い」とか言っている――。そう、自分はお金持ちの令嬢だ。 そして高級リムジンは立派なゲートを抜け、大豪邸の敷地内へ入っていく――。 けれど。愛美の空想はそこまでで止まってしまった。「……あれ? 大豪邸の中ってどんな感じなんだろう?」 一度も入ったことのない、大きなお屋敷の間取りがどんな風になっているのか、インテリアはどんなものなのか? 全くもって想像がつかない。 友達の家に遊びに行ったことはあるけれど、そこだってごく普通の民家。〝豪邸〟と呼べるほど立派な家ではないのだ。「はあ…………」 なんだか虚(むな)しくなった愛美は、空想を打ち切った。ちょうど、おやつタイムが終わったおチビちゃんたちが戻ってきたからでもある。 ――これが愛美の現実。高級リムジンで送迎してもらえるようなお嬢様にはなれないし、そんな人たちと自分は住む世界が違うんだ。彼女はそう思っていた。 ――この日の夜、聡美園長先生から思いがけない話を聞かされるまでは……。    * * * *「――ごちそうさまでした」 晩ごはんの時間。愛美は半分も食べないうちに、箸を置いてしまった。今日のメニューは、大好物のハンバーグだったというのに。「あら、愛美ちゃん。もういいの?」 照(てる)美(み)先生が、心配そうに愛美に訊(き)いた。「うん、なんかあんまり食欲なくて……。先に部屋に行ってます」「そう? あとでお夜食に、おにぎりが何か持って行ってあげましょうか?」「ううん、大丈夫です。ありがとう」 ぎこちなく笑いかけて、愛美は食堂を出た。重い足取りで階段を上がっていく。(……結局、園長先生に進路のこと話せなかったなあ) 理事会はもう終わっているはずなのに、園長先生は晩ごはんの席にも来なかった。その前にでも、話そうと思っていたのに。 部屋に戻ると、愛美はしおりが挟まった一冊の本を手に取った。『あしながおじさん』――。彼女が幼い頃からずっと愛読している本で、もう何度読み返したか分からない。 こ
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ゆううつな水曜日…… page4
「……まさかね。そんなこと、あるワケないか」 愛美は一人呟く。これではあまりにも妄想(もうそう)が過ぎる。 それは、ジュディが物語のヒロインだから起こり得た奇跡だ。現実に起こる確率は限りなくゼロに近いと思う。「……でも、ゼロだとも言えないよね」 希望は捨てたくない。自分の境(きょう)遇(ぐう)を憂(うれ)いて、手を差し伸べてくれる人がきっと現れる――。いつもそう思っているから、愛美はこの本を読むことをやめられないのだ。 ――弟妹たちが食堂から戻ってきたことにも気づかず、愛美が読書に夢中になっていると……。「――愛美姉ちゃーん! 園長先生が呼んでるよー!」 部屋の外から涼介の声がした。愛美はすぐ廊下に出て、彼に訊(たず)ねる。「園長先生が? わたしに何のご用だろう?」「さあ? オレはそこまで聞いてないけど。ただ『呼んできて』って頼まれただけだよ」「……そっか、分かった。ちょっと行ってくるね。ありがと、リョウちゃん」 涼介はこの施設の子供の中で、愛美と一番歳(とし)が近いので、話も合うし仲がいい。だからこうして、たまに愛美の呼び出し係にされることもある。 でも、彼は「イヤだ」と言わない。彼にとって愛美姉ちゃんは、血は繋がっていなくても実の姉のような存在だから。〝姉ちゃん〟の役に立てることが嬉しくて仕方ないのだ。  ――それはさておき。(園長先生、わたしにどんな御用なんだろ……?) 一階まで階段を下りながら、愛美は首を傾(かし)げた。これといって思い当たることがないのだ。 叱られるようなことは何もしていない。……少なくとも愛美自身は。 でも、同じ六号室の幼い弟妹たちの誰かが、理事さんに失礼なことでもしていたら……? それは一番年上の愛美の責任でもある。(ああ、どうしよう……?) ――でも。もしも、そうじゃなかったとしたら。(もしかして、わたしの進路の話……とか?) 愛美は今日、学校で担任の先生と面談したのだ。卒業後の進路について、まだ決められないのでどうしたらいいか、と。 その連絡が、園長先生に入っていてもおかしくない。この施設の園長が、愛美の保護者にあたるのだから。(……いやいや! まさか、そんなこと――) 愛美は首をブンブンと横に振った。 もしそうだとしたら、この展開は愛美の愛読書・『あしながおじさん』のエピソードに
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ゆううつな水曜日…… page5
   * * * *「――失礼しまーす……」 家と同じなので、愛美がノックせずに園長室のドアを開けると、園長先生はニコニコ笑って彼女を待っていた。「愛美ちゃん、待ってたのよ。お座りなさいな。急に呼んじゃって悪いわねえ」「はい。――園長先生、わたしに何かご用ですか?」 愛美は応接セットのソファーに、聡美園長と向かい合う形で浅く腰かけた。 若(わか)葉(ば)聡美園長は六十代半ばの穏やかな女性で、愛美を始めとするここの子供たちにとっては優しいおばあちゃんのような存在である。 「ええ。あなたに大事な話があるの。――その前に、今しがたお帰りになった方、愛美ちゃんも見かけたかしら?」「あ、はい。後ろ姿だけチラッとですけど……。あの方、理事さんなんですか? ずいぶんお若く見えましたけど」「ええ。二年くらい前に理事になられて、この施設に多額の援助をして下さってる方なの。ただ、ご事情がおありだとかで、本名は伏せてほしいって言われてるんだけれど」「はあ……、そうなんですか」 愛美は面食らった。先ほど見かけただけのあの理事は、聞いた限りではちょっと変わり者のようだ。 けれど、園長先生だってわざわざ「あの理事さん、変わっててねぇ」なんて世間話をするためだけに愛美を呼んだわけではないだろう。「あの方、これまでここの男の子たちには目をかけて下さって、二人ほどあの方のおかげで私立に進学できた子がいるの。ただ、女の子はその対象からは外れてたのよ。理由は分からないけれど、もしかしたら女の子が苦手なのかしらねぇ」「はあ……」 愛美が何だかよく分からない相槌(あいづち)を打っていると、園長はガラリと口調を変え、真剣そのものの表情で愛美に訊いた。「愛美ちゃん。あなたは確か、県外の高校への進学を希望してるんだったわね?」「……はい。難しいっていうのはよく分かってますけど」 愛美もいよいよ本題に入ったのだと察し、姿勢を正して答えた。「実は今日、あなたの担任の先生からお電話を頂いてね。今日の理事会でも、あなたの進路について急きょ話し合うことになったの」 「はい……」 一体、どんな話し合いがされたんだろう? ――愛美は固(かた)唾(ず)を飲んで、園長先生の話の続きを待った。「愛美ちゃんも知ってるでしょうけれど、この〈わかば園〉は経営が苦しくて、愛美ちゃんの希望どおり、私
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ゆううつな水曜日…… page6
「愛美ちゃん、あなたには本当に感謝してるし、申し訳ないとも思ってるのよ。私たち職員の手が回らない分、小さい子たちのお世話や施設の仕事も手伝ってもらって」「いえ、そんな! わたしが進んでやってることですから、気にしないで下さい!」 それは、弟妹たちやこの施設が大好きだから。ただみんなの役に立ちたくてやっているだけだ。「そう? それならいいんだけれど……。でもね、私はあなたの夢を知ってるし、応援してあげたいの。だから、進学はするべきだと思うわ」「えっ!? でも――」「話は最後まで聞きなさい、愛美ちゃん」  言っていることが矛(む)盾(じゅん)している、と抗議しかけた愛美を、聡美園長がたしなめる。「私が理事会のみなさんにそう言ったらね、先ほどのあの方が私に賛同して下さって。『彼女の文才をこのまま埋もれさせるのは惜(お)しい』って」「えっ? いま、〝文才〟って……」「そうなの。あの方ね、中学校の担任の先生からお借りしてきたあなたの作文をここで読み上げられたの。あれには他の理事さんたちもビックリされてたわ」「作文?」「ええ。夏休みの宿題で書いていたでしょう? 『わたしの家族』っていう題名の」「ああ、あれかぁ」「そう。あの人、その作文の内容にいたく感動されてね、『彼女は進学させるべきだ!』って強く主張なさって。自分が援助するとまでおっしゃって下さったのよ」「え……。じゃあわたし、進学できるんですか!?」 聞き間違いかと思い、愛美がビックリして大きな声を出すと、園長は大きく頷いた。「ええ。あの方も、あなたの夢を応援したいそうよ。そのための援助は惜しまないっておっしゃってたわ。……ただね、あの方からは色々と条件を出されたんだけれど」「条件……ですか?」 進学できると浮き足立っていた愛美は、園長先生のその言葉を聞いて改めて背筋を伸ばした。「まず、受験するように勧(すす)められた高校なんだけれど。横浜(よこはま)にある女子大付属高校なの。――ここよ」 園長がそう言って、ローテーブルの上にパンフレットを置いた。それは、高校の入学案内。「私立……茗倫(めいりん)女子大学付属……。横浜ってことは県外ですよね」 愛美は表紙に書かれた文字を読んだ。 本当は県内の高校がよかったのだけれど、そんなわがままを言っていい立場ではないことくらい、彼女自身も分か
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ゆううつな水曜日…… page7
「とりあえず、高校三年間は援助を続けて下さるそうよ。卒業後にそのまま大学へ進むか、就職するかはあなたに任せたいって」「そうですか。……もし大学に進んでも、援助は続けて頂けるんでしょうか?」 大学までとなると、学費もバカにならない。そこまで見ず知らずの人の厚意に甘えていいものかと、愛美は思ったけれど。「ごめんなさい、そこまでは聞いてないわ。その時が来たら、またあなた自身から相談すればいいんじゃないかしら」「そうですね……」 まだそんな先のことまでは考えられない。まずは、進学できることになったことを喜ぶべきだろう。「――それでね、あなたに出された条件は、毎月お手紙を出すことだそうよ。それもお金のお礼なんていいから、あなたの学校生活のことや、日常のことを知らせてほしいんですって」(……あ、やっぱり同じだ。『あしながおじさん』のお話と) 愛美はふとそう思った。あの物語の中でも、ジュディが院長から同じ内容の話を聞かされていたのだ。「このデジタル全盛期の時代に変わってるでしょう? でも、あの方のお話では、文章力を養(やしな)うには手紙を書くのが一番だって。それに、あなたの成長を目に見える形で残すには、メールよりも手書きの文字の方がいいからって」「へぇー……。あの、手紙はどなた宛(あ)てに出したらいいんでしょうか? お名前、教えて頂けないんですよね?」 多分、何か偽名を指定されているはずだと愛美は思った。 あのお話の中では「ジョン・スミス」だけれど、あの人は一体どんな偽名を考えたんだろう……?「一応、仮のお名前は『田(た)中(なか)太(た)郎(ろう)』さんだそうよ。いかにも偽名って感じのお名前でしょう?」「はい」 園長先生が笑いながらそう言うので、愛美も思わずつられて笑ってしまう。「でも、それじゃ郵便が届かないから。宛て名は個人秘書の久留(くる)島(しま)栄(えい)吉(きち)さんにして出すように、って」「分かりました。秘書さんからその〝田中さん〟の手に渡るってことですね? そうします」 個人秘書がいるなんて……! どれだけすごい人なんだろう?「残念ながら、お返事は頂けないそうなの。自分からの手紙が、あなたのプレッシャーになるんじゃないかと心配されてるみたいでね。だから何か困ったことがあった時には、同じように久留島さん宛てにお手紙を出して相談す
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旅立ち、新生活スタート。 page1
 ――それから半年が過ぎ、季節は春。愛美が〈わかば園〉を巣立(すだ)つ日がやってきた。「――愛美ちゃん、忘れ物はない?」「はい、大丈夫です」 大きなスポーツバッグ一つを下げて旅立っていく愛美に、聡美園長が訊ねた。「大きな荷物は先に寮の方に送っておいたから。何も心配しないで行ってらっしゃい」「はい……」 十年以上育ててもらった家。旅立つのが名残(なごり)惜しくて、愛美はなかなか一歩踏み出せずにいる。「愛美ちゃん、もうタクシーが来るから出ないと。ね?」 園長だって、早く彼女を追いだしたいわけではないので、そっと背中を押すように彼女を促(うなが)した。「はい。……あ、リョウちゃん」 愛美は園長と一緒に見送りに来ている涼介に声をかけた。「ん? なに、愛美姉ちゃん?」「これからは、リョウちゃんが一番お兄ちゃんなんだから。みんなのことお願いね。先生たちのこと助けてあげるんだよ?」 この役目も、愛美から涼介にバトンタッチだ。「うん、分かってるよ。任せとけって」「ありがとね。――園長先生、今日までお世話になりました!」 愛美は目を潤(うる)ませながら、それでも元気にお礼を言った。 ――動き出したタクシーの窓から、だんだん小さくなっていく〈わかば園〉の外観を切なく眺めながら、愛美は心の中で呟いた。(さよなら、わかば園。今までありがとう) 駅に向かう道のりは長い。朝早く起きた愛美は襲(おそ)ってきた眠気に勝てず、いつの間にか眠っていた――。   * * * * JR(ジェイアール)甲(こう)府(ふ)駅から特急で静岡(しずおか)県の新富士(ふじ)駅まで出て、そこから新横浜駅までは新幹線。 そこまでの切符(チケット)は全て、〝田中太郎〟氏が買ってくれていた。(田中さんって人、太っ腹だなあ。入試の時の往復の交通費も出して下さったし) 新幹線の車窓(しゃそう)から富士山を眺めつつ、愛美は感心していた。自分が指定した高校を受験するからといって、一人の女の子に対してそこまで気前よくするものだろうか? もし合格していなかったら、入試の日の交通費はドブに捨てるようなものなのに。(ホントにその人、女の子苦手なのかな……?) 園長先生がそんなことを言っていた気がするけれど。自分にここまでしてくれる人が、女の子が苦手だとはとても思えない。 もしも本当に
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旅立ち、新生活スタート。 page2
「……あれ? 乗り換えの駅はどこ~?」 早くも複雑(ふくざつ)怪(かい)奇(き)な地下街で迷子になってしまった。 スマホがあれば行き方を検索することもできるけれど、残念ながら愛美はスマホを持っていないし持ったこともない。  目の前にはパン屋さんがあり、美味しそうな匂(にお)いがしてくる。「お腹すいたなあ……」 お昼を過ぎているし、昼食代わりにパンを買って食べるのもいいかもしれない。 愛美は美味しそうな焼きたてメロンパンを買うついでに、店員さんに山手に行く路線の駅を訊ねた。店員のお姉さんは親切な人で、愛美にキチンと教えてくれた。 券売機で切符を買い、改札を抜け、ホームでメロンパンをかじりながら電車を待つ。 施設にいた頃には、こんな経験をしたことがなかった。自分で切符を買うのも、人に道を訊ねるのも初めての経験で、愛美はドキドキしっぱなしだ。「次は、どんなドキドキが待ってるんだろう?」 自動販売機で買ったカフェラテを飲みながら、愛美はワクワクする気持ちを言葉にして言った。   * * * * ――茗倫女子大付属高校は〝名門〟というだけのことはあって、敷地だけでも相当な広さを誇(ほこ)っている。愛美が通っていた地元の小中学校や、それこそ〈わかば園〉とは比べものにならない。「わあ……! 大きい!」 その立派な門を一歩くぐるなり、愛美は歓声を上げた。 敷地内には、大きな建物がいくつも建てられている。高校と大学の校舎に体育館、図書館に付属病院まである。さすがは大学付属だ。  そして、愛美がこれから生活を送る〈双(ふた)葉(ば)寮〉も――。「こんにちは! ……あの、これからお世話になる相川愛美です。よろしくお願いします」 寮母さんと思われる女性に、愛美はおそるおそる声をかけてみる。――果たして、これが寮に入る新入生の挨拶(あいさつ)として正しいのかは彼女にも分からないけれど。「はい、相川愛美さんね。ご入学おめでとうございます。――これ、校章と部屋割り表ね」「ありがとうございます。――えーっと、わたしの部屋は、と。……ん?」 渡された部屋割り表でさっそく自分の部屋番号を確かめた愛美は、そこに自分の名前しか載っていないことに驚く。「わたし……、一人部屋なんですか?」「ええ。入学が決まった時に、保護者の方からご要望があったそうよ。あなたに
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旅立ち、新生活スタート。 page3
「まあ、この先一年だけだから。学年が上がれば部屋替えもあるし」「はあ……。ありがとうございます」「私はここで寮母をしている、森口(もりぐち)晴(はる)美(み)です。よろしく、相川さん」「はい、よろしくお願いします」「荷物はロビーに届いてるから。そこにいる用務員の先生に声をかけてね」 森口さん言われた通りに〈双葉寮〉の玄関ロビーに行ってみると、そこには他の新入生の女の子たちがみんな集まっている。「あの、新入生の相川愛美ですけど。わたしの荷物、届いてますか?」 その中に一人混じっている用務員さんとおぼしき中年男性に愛美は声をかけた。「相川愛美さん……ですね。入学おめでとう。君の荷物は……と、あったあった! これに間違いないですか?」 彼が持ち上げたのは、ピンク色の小さめのスーツケース。ちゃんと荷札が貼ってある。 施設の部屋にはそんなにたくさんものが置けなかったため、愛美個人の荷物は少ない。だからこれ一つでこと足りたのだ。「――あ、それからもう一つ、小包みが届いてますよ」 彼はそう言って、箱を愛美に手渡した。 けっこう大きな段ボール箱で、しっかりと梱包されている。「えっ、小包み? ありがとうございます」 愛美は小首を傾げながらも、お礼を言って受け取った。「誰からだろう? ……ウソ」 貼られている伝票を確かめて、目を丸くする。差出人の名前は、〝久留島栄吉〟。――あの〝田中太郎〟氏の秘書の名前だ。(一体、何を送ってくれたんだろう……?)「こわれもの注意」のステッカーが貼られているけれど、品物が何なのかまでは皆目(かいもく)見当がつかない。「まあいいや。部屋に着いてからゆっくり開けようっと」 箱をスーツケースに入れ(実は中がスカスカで、それくらいの余裕はあった)、部屋に向かおうとすると――。「ちょっと! 私が相部屋になってるってどういうことですの!? 父から『一人部屋にしてほしい』と連絡があったはずでしょう!?」 一人の女の子の金(かな)切(き)り声が聞こえてきて、愛美は思わず足を止めた。 先ほどまで自分がいた方を見れば、声の主はスラリと背の高い、モデルみたいにキレイな女の子。彼女はあの男性職員に何やら食ってかかっている様子。「辺(へん)唐(とう)院(いん)珠(じゅ)莉(り)さん。申し訳ありませんが、一人部屋はもう他の新入生が入
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